大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(オ)38号 判決

上告人

有限会社新日本水産

右代表者代表取締役

大江光善

上告人

大江光善

大江つや子

右三名訴訟代理人弁護士

市川巌

被上告人

東光総合リース株式会社

右代表者代表取締役

鈴木進

右訴訟代理人弁護士

池田達郎

白河浩

主文

原判決中、上告人らに関する部分を破棄する。

右部分につき被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人市川巌の上告理由一ないし三について

一  原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人有限会社新日本水産(以下「上告人会社」という。)、トーケン機工株式会社(以下「トーケン」という。)及び被上告人は、昭和五五年一〇月一日、被上告人が上告人会社に金融を得させることを目的として、上告人会社が所有していた本件冷凍冷蔵庫をトーケンが買い受けた上、被上告人に売り渡し、被上告人がこれを更に上告人会社に割賦販売するという名目で、被上告人から売買代金名下に一七四四万円をトーケンに交付し、トーケンが上告人会社に右金員を交付することを合意した。

2  上告人会社は、同日、右交付金について、被上告人との間で、次のとおりの合意をした(以下、この合意と右1の合意のうち上告人会社と被上告人との間の合意を合わせて「本件契約」という。)。

(一)  上告人会社は、被上告人に対し、トーケンから交付される一七四四万円に同日から昭和六〇年九月三〇日までの利息金六九八万円を加算した二四四二万円を元利金を均等とする月賦払の方法で支払う。

(二)  月賦金は四〇万七〇〇〇円とし、第一回分と前払月賦金一二二万一〇〇〇円は契約締結日に現金で支払い、残り五六回分は昭和五五年一一月から昭和六〇年六月まで毎月二八日を満期日とする約束手形で支払う。

(三)  上告人会社がこの約定に違反したとき、又は手形不渡処分を受けるなど支払停止の状態に陥ったときは、被上告人の通知、催告を要せず期限の利益を失う。

(四)  上告人会社がこの約定による債務の支払を遅滞したときは年三〇パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

3  上告人大江光善、同大江つや子は、植木清茂、植木泰子とともに、昭和五五年一〇月一日、被上告人との間で、上告人会社の被上告人に対する本件契約による債務につき連帯保証した。

4  被上告人は、同日、上告人会社から物件受領書の交付を受けた上、トーケンに対して同社との間の売買代金一七四四万円を支払った。

5  上告人会社は手形を発行することができない状態であったため、清茂は、上告人会社の代表取締役である上告人光善の了承の下に、上告人会社に代わり右2の月賦金の担保として被上告人に約束手形を振り出し、そのうち昭和五五年一一月から昭和五六年六月分までの八通につき決済した。

6  上告人会社は、売買代金名義の融資金を清茂を通じて受領することを了承していたが、その後、同人から被上告人による融資金として額面一〇〇万円の為替手形三通を受け取った外は全く金員の交付を受けず、右各手形も不渡りとなり、結局、被上告人の出捐した金員が上告人会社に支払われたことはなかった。

二  右事実関係の下において、原審は、上告人会社、被上告人及びトーケンの三者間の各契約はリースバックないし割賦バックと称されているものであり、一般に、この種の契約は借主と中間者、中間者とリース業者、リース業者と借主との各売買契約が別個に成立したことになり、リース業者は借主と中間者との売買に関与せず、その代金の授受に立ち会うものでもないから、中間者がリース業者の代理人であるとか、リース業者に悪意ないし過失が肯定されるなど特段の事情のない限り、借主は中間者から融資金たる代金の支払を受けられないことを理由にリース業者からの代金の支払請求を拒否することは許されないとした上、本件において右の特段の事情は認められないから、上告人会社は本件契約による前記一2の月賦金の残額を被上告人に支払わなければならないとして、上告人会社及びその連帯保証人である上告人光善、同つや子に対してその支払を求める被上告人の請求を認容すべきものとした。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

前記事実関係によれば、上告人会社、被上告人及びトーケンの三者間では、本件冷凍冷蔵庫につき売買契約締結の形式があるとしても、各当事者間では真にその目的物件の所有権を移転する意思があったとはみられないばかりでなく(なお、被上告人は上告人会社に融資をする意思であったが、その営業目的がリース及びこれに付随する割賦販売と定められており金融業は認められていなかったため、割賦販売契約の形式を借りて本件契約を締結したものであることは、被上告人の主張自体からも明らかである。)、トーケンは被上告人から売買代金名下に受領した一七四四万円と同額の金員を上告人会社に交付することを同意したにすぎないのであって、トーケンが転売利益を取得する余地はない。そして、右三者間の各契約の内容をみるのに、これをいわゆるリース契約と評価しなければならないものではない。むしろ、右三者間の各契約の中で実質的意味があるのは本件契約だけであって、本件契約においては、上告人会社がトーケンを通じて被上告人から一七四四万円の融資金の交付を受け、その返済として元本一七四四万円と特定の期間の利息金六九八万円を被上告人に支払うことが明確に合意されていることからすると、本件契約の実質は、元本を一七四四万円としこれを上告人会社が被上告人に対して前記一2の各約定に従って返済する趣旨の金銭消費貸借契約又は諾成的金銭消費貸借契約であるというべきであるのに、前記のような被上告人の営業目的に合致させるため本件冷凍冷蔵庫の割賦販売契約を仮装したものと考えるほかはない(なお、前記事実関係のうち、上告人会社が売買代金名義の融資金を清茂を通じて受領することを了承していたことは、右判断を左右するものではない。)。してみると、前記事実関係によれば、上告人会社は一七四四万円の融資金の交付を受けていないのであるから、本件契約に基づく右融資金を返還すべき義務がないものといわなければならない。

そして、被上告人の請求は、上告人会社の本件契約に基づく融資金の返還義務について上告人会社及びその連帯保証人である上告人光善、同つや子にその支払を求める趣旨であると解されるところ、これが理由のないことは明らかである。これに反する原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして、前記説示に徴すれば、被上告人の請求は棄却すべきであり、これと同旨の第一審判決は正当であり、被上告人の右部分についての控訴はこれを棄却すべきものである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男)

上告代理人市川巌の上告理由

原判決には、次に述べるとおり、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違反(審理不尽・理由不備)の違法がある。

一、原判決は、本件売買契約はその実質において金銭消費貸借契約であって金銭の交付がないから無効であるとの上告人らの主張について、次のとおり認定している。

1 「被控訴会社(上告会社)は、営業資金の必要に迫られながら通常の方法では金融を受けることが困難な状況にあったこと、被控訴会社所有の本件冷凍冷蔵庫を目的として被控訴会社からトーケン機工に、トーケン機工から控訴人に、控訴人から被控訴会社に順次なされた売買は、売買代金名下に、被控訴会社が控訴人から融資を受けることが目的のものであったこと、トーケン機工と控訴人間の売買代金は一七四四万円であり、控訴人と被控訴会社とのそれは二四四二万円であって、被控訴会社は、これを割賦弁済するという約定であったこと、控訴人は、昭和五五年一〇月一日トーケン機工に対し右代金額を支払ったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない」(原判決、理由第二項、1)。

2 「一般にこの種の契約は、融資を受けるという経済的な目的のもとに行われたものではあっても、形式的、法律的には、借主(ユーザー)と中間者(デイラー)、中間者とリース業者、リース業者と借主との各売買契約がそれぞれ別個に成立したことになり、借主が金融を受ける代金相当額は、中間者から直接借主に支払われ、リース業者は借主と中間者との売買に関与せず、その代金授受にも立会うものでもないから、中間者がリース業者の代理人であるとか、リース業者に悪意ないし過失が肯定されるなど特段の事情のない限り、借主は中間業者からの代金支払が得られないことを理由にリース業者に対する売買代金(融資金)の弁済を拒否することは許されないものと解するのが相当である。」(同第二項、2)

3 「……被控訴会社は控訴人による前記融資金として被控訴人植木清茂から高山順二が代表者であるテック株式会社振出しの額面一〇〇万円の為替手形三通を受け取ったほか全く金員の交付を受けず、しかも右手形も不渡りのものであったこと、…………………、他に高山順二ないし控訴人出損の金員が被控訴会社…………に支払われた事実はないことが認められる。……………。そうすると、被控訴会社は、前記契約に基づく売買代金名義の融資金を被控訴人植木清茂を通じ、受領することを了承していたものと認められ、…………、控訴人は…………、トーケン機工に対し本件冷凍冷蔵庫の代金を支払っていることが認められ、他に本件取引に関し控訴人の悪意又は過失の存することにつき被控訴人らの主張立証もない。したがって、被控訴会社は現実に右融資金の受領がなくても、控訴人に対し本件冷凍冷蔵庫売買代金相当額の金員支払義務を負担するものというべく、その余の被控訴人らも連帯保証人として同一債務を免れない。」(同第二項、3)

二 ところで、右の原判決についての第一の問題点は、上告会社(被控訴会社)所有の本件冷凍冷蔵庫について、上告会社からトーケン機工に、トーケン機工から被上告人(控訴人)に、そして被上告人から上告会社に順次売買されたものと認定し、さらにこの種の契約は、融資を受けるという経済的な目的のもとに行われたものであっても、形式的、法律的には借主と中間者、中間者とリース業者、リース業者と借主との各売買がそれぞれ別個に成したことになるとしていることである。もし、本件が原判決のとおりだとすると、本件冷凍冷蔵庫について、所有者である上告会社とトーケン機工との間の売買契約がまず前提となり、しかるのちにトーケン機工と被上告人間の売買、ならびに被上告人と上告会社間の売買という順序で各売買が進行していくということになるはずである。

ところが原判決は、トーケン機工と被上告人間の売買代金は一七四四万円であり、被上告人と上告会社とのそれは二四四二万円であった旨の認定はしているが、肝心の上告会社とトーケン機工間の売買がいくらの金額をもってなされたものであるかについてはまったく触れていない。いうまでもなく売買契約が成立するには、売主である上告会社が本件冷蔵庫の所有権(財産権)をトーケン機工に移転し、買主であるトーケン機工が、代金の支払をすることの合意がなければならない。しかも、右三者間の各売買は、原判決によれば法律的にはそれぞれが別個に成立したことになり、それ故代金(相当額)も各売買の当事者間で直接授受がなされ、リース業者(被上告人)は上告会社とトーケン機工との売買に関与せず、その代金授受にも立会うものでもない、というものである。本件の上告会社、トーケン機工、被上告人の各三者間の各売買が別個独立ものであるとすれば、原判決のいうとおりである。ところが、別個であるべき上告会社とトーケン機工との間の売買が、いつ頃、いかなる金額の代金をもってなされたものであるかについて、原判決はなんら触れておらず右両者間における、売買の成立要件(内容)について、なんら考慮しないまま本件冷蔵庫に関する売買の成立を認めたものであって、これは明らかに、経験則ないし採証法則の適用を誤ったものであり、また審理不尽の違法がある。

これは要するに、上告会社とトーケン機工との間には、本件冷蔵庫についての売買契約はなんら存在しなかったということであり、右両者間に作成された売買契約書等売買を認定する証拠がまったくないことが明らかである(上告会社が売買代金をトーケン機工より受領していないこと勿論である)。

換言すれば、上告会社とトーケン機工との間には売買が存在しなければ、トーケン機工と被上告人の売買、被上告人と上告会社間の売買はもともと無効(本件冷蔵庫については各社に現実の引渡しがなされておらず、場所的移動はないので、被上告人の善意取得による所有権の帰属はない。)であったことになることは明らかであり、上告人と被上告人との間にはなんらの債権債務も発生していないことになる。

三、それでは、上告会社・被上告人間の割賦販売契約書(甲第一号証)は、如何なる性質のものであるかが次に検討されなければならない。右契約書は、本件冷蔵庫について被上告人が売主となり、上告会社が買主となっている。勿論その前提には、上告会社がその所有の本件冷蔵庫を、いったん被上告人に対し売渡したことの事実がなければならない。然るに、既にみたように、上告会社がトーケン機工にこれを売渡したこともなければ、被上告人に対しても売渡したことはない(これらの間の売買を認定できる証拠はない)。これは要するに、本件冷蔵庫の割賦販売契約というより、その実質は上告会社・被上告人間における金銭消費貸借であると理解してはじめて説明しうるものである。従って、上告会社が被上告人より現実に融資金の交付を受けてはじめて同契約が成立し、その弁済義務が発生することになるはずである。

然るに、上告会社は、原判決の認定どおり、被上告人からは勿論誰からも融資金の交付を受けていない。この点につき原判決は、被上告人がトーケン機工に対し代金を支払った以上、上告会社らは被上告人に対する売買代金(融資金)の支払義務を負担することになり、その弁済を拒否することは許されないとしているが、上告会社は被上告人に対し、融資金を同社に対してではなく、トーケン機工に支払うよう依頼したこともなければ、その支払に同意を求められたことはまったくない。被上告人が、トーケン機工に対し、たとい金員を支払っているとしても、このことは、上告会社とはなんら関係のないことである。それにも拘らず原判決は、トーケン機工に支払われている以上、上告会社が金員を受領しなくても消費貸借が成立する旨判示するのはまったく理解できず、まさに法令の適用を誤り、また判決に影響を及ぼすことが明白なる審理不尽ならびに理由不備の違法がある。

四、五〈省略〉

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